トレーダーズ・グレイル

トレードの世界を探求するプロトレーダー増田蔵人の気まぐれ更新ブログ 本当に勝てる投資家になるためのブログ

トレードに関する物事

自己実現

先日、ラジオnikkeiのとある番組を聴いていたら、何かの雑誌の編集長だかデスクだかが、書籍を紹介するコーナーで、その内容に関して「自己実現」という話をしていたんですね。

その本や内容のことはどうでもいいのですが、その人が、こういうことを言ってたんです。
”投機は違う”けれど、投資は自己実現の手段である

ここで「投機」と「投資」が同義か、それとも別物か、という議論は避けますが、少なくともこの人は違う意味で言ってます。

この人が「投機」というのは、要するに即物的で単なる金儲け的な意味合いのことです。
「投機は違う」というのは、単なる欲望による金儲けだから、「自己を高めるものではない」ということを言っていたわけです。
それに対して「投資」は企業の財務を調べたり、色々な物事を調べ勉強するから、「自分を高めるのに役立つ」ということを言っているわけです。

早い話が「投資」が上で「投機」が下ということです。
こういう「投機は金儲け主義だから駄目」「投資は企業や財務や社会のことなんかを学ぶからエライ」的な認識というのは、自分で投資で稼いでいない頭でっかちのインテリに典型的な物言いなんですけれど、私に言わせれば、何おためごかし言ってんだ、って感じです。

投資だなんだかんだ言ったところで、オマエラの目的だって金儲けだろ? って。

投資してる人の本心だって、ほとんど全員が「金儲けしたい」で、もしも一攫千金で1億儲かるなら、手段なんか投機でもなんでもいい、というのが、ほぼ全員の本心でしょう。
別に企業や社会や金融のことを学ぶ目的で投資やってるわけじゃないですよね。
「投資はエライ」とかなんとか言ったって、楽して儲かる手段があったら、誰もそんなもん勉強しませんよね?

要は、投資は「楽して金儲ける」ことだという誤った認識があるから「うしろめたい」んですよ、その「うしろめたさ」を誤魔化すために、「投資は経済や社会や企業や金融を勉強するからエライ」みたいな論理を彼らは作り上げるわけです。


ま、そこのとこに怒ったんじゃなく、「投機は自己実現ではない」という物言いに怒ったんですが、正直、久々に投資ラジオで、ものすごくムカつきました。
ふざけんなボケ、と。

この人の言い分とは全く正反対に、著書に書きましたけれど、欧米のトップトレーダーというのは、インタビュー記事でしばしば、トレードをする最大の動機として
自己実現
を上げているんですよ?
彼らのやっていることは、この人の言うところの「投機」です。

要するに、私は努力すればこれだけのことが出来る、自分はやれば出来る人間なのだ、なんだって可能なのだ、などということを、世の中と、特になによりも、己自身に対して証明したいという強い欲求が、トレードを必死で頑張る原動力になっている
というわけです。

この人が分かっていないのは、この人が言う「投機」で儲けられるようになるためには、それはもう、血のにじむような努力が必要で、必死の努力で練習を積み重ねて技術を高めていくことが必要だ、ということで、それは技術的な物事であるから、単なる知識学習であるファンダメンタルズ学習よりもずっとハードルが高い、ということです。

そもそも、目的が「金儲け」である以上、学習量や学習過程に「自己実現感」を感じていたらおかしいわけで、投資成績が「稼げていて」はじめて、自己実現感を感じるわけですよね?
言い換えれば、手段が投資であれ投機であれ、努力の結果が稼げているなら、自己実現感を感じるわけで、投資はよくて投機はよくない、なんてのは支離滅裂です。

もしも、知識や情報を大量に得ることでカシコクなった気分、自分が高みに上った気分で満足しているならば、それは本来の「手段」だったものが「目的」にすり替わっているわけで、そういうのは「自己実現」ではありません、
そういうのは
「自己満足」
というんです。

スポーツであれ楽器であれ料理であれ造形であれなんであれ、努力によって技能を高める作業を繰り返した後に、あるレベルに到達したときの感動というのは、世の中で
最も自己実現感を満たしてくれる物事
のひとつです。

すなわち「投機」は、ある種の人々にとっては、自己実現のための非常に有効な手段のひとつなのです。

そんなことも分かってない人がデスクだか編集長だかをやってる雑誌は、ちょっとろくなもんじゃなさそうだな、と感じました。





続・スランプとの戦い

前回、私はストレスがたまりすぎるとぶっ壊れる、という話をしましたが・・・え、そこまで言ってませんか?(笑)

はい、ストレスがたまると、とたんにスランプになる、という話をしましたけれど、これっていうのは、要するに
不調の原因に自覚的である
ということですよね?

これは長年の経験から思い至った結論なわけですけれど、このように、自覚があれば、まだ対処もできるのですが、多くの場合、不調の原因というのは、自覚的ではないと思うのです。

トレードの不調の多くはメンタルなものだと思うのですが、そもそも、人間は意識レベルでは問題を自覚しておらず、無意識(潜在意識)のレベルで何らか問題がある、ということが多いわけです。

投資の聖杯では、結局、トレーダーの投資行動を決定づけるのは、無意識レベルの認識だと述べましたけど、無意識レベルの物事によって投資行動が左右される、それでおかしな行動が増えて失敗する、というわけですね。

まず、自分のメンタルの問題を自分で自覚していないのですから、それがトレードの不調と結びつくはずはありません。

特に初心者は、トレードの成績に対して即物的な考えかたをしがちです、つまり情報が足りてないから負けるのだとか、勝てる方法論がないから負けるのだとか、そっちにばかり原因を求めてしまいます。
トレードの成績は、精神面が左右する比重が想像する以上に高い、それもものすごく高い、ということを理解していませんので、トレードに直結する物事以外を原因として想定しないのです。
たとえばの話「毎日のゴミ出しが面倒くさい」なんて事と、トレードがスランプなのが関係あるなんて思えない、それ以前に考えもしないわけですけど、案外、それが深いところで繋がっていたりするわけです
それがトレードというものです。

不調の原因に対して自覚的でないと、おそらくトレードというのは長年の間、一定の成績を出すことはできない思います。

ということで、自分の不調の原因を探る、というのは、非常に重要な作業だと思います。
むしろ、トレーダーには必須の作業、と言ってもいいかと思います。

じゃあ、どうしたらいいのか、と言われれば、馬鹿みたいな答えですけど
ひたすら考えるしかない
と思います(笑)

ん~、なんでこんなにスランプなんだろうなぁ、なんでこんな不調なんだろうなぁ、特に技術は以前と変わってないのになぁ、むしろ練習して上手になってきてると思うんだけどなぁ、相場もトレンドが出てていい感じなのになぁ、なんでなんだろうなぁ
と、もう、ひたすら悩むしかないんじゃないかと思います。
そのうち、思い当たる原因に行き着くんじゃないかと、というか、行き着いたらラッキーです(笑)

そうそううまく、行き着くとは思いませんが、あとは経験的なもので、いずれ補われるでしょう。
ストレスでも、最初は自覚自体がないかもしれないし、スランプとは結びつかないかもしれませんが、繰り返しスランプを経験すると、だんだん、そのときの自分の置かれている状況とスランプが結びついてきます。
次第に結びついてきて「ああ、そうか、俺は日常のストレスが多いとスランプになるんだ」なんて、菩提樹の下で悟りを開いたブッダよろしく(笑) 悟りを得る時がくるでしょう。

まあ、それで原因が分かったからって、だからどうできるのか、というのは、また別の問題で、そこが難しいところなんですけどねー。








スランプとの戦い

最近、どうもスランプ気味だなぁ、と思う今日この頃ですが、夏風邪をひいてしまい、メチャクチャしんどいです(笑)

長い間トレーディングしていると、必ず起きてくることのひとつが
うまくいくようになってきたと思ったら、なぜか失敗が続く
ということではないでしょうか?

投資というのは、実力がないときでも、偶然の勝ちが続くことがよくあります。
そんな時は、初心者は
「俺ってもしかして投資の才能あるんじゃね?」
と調子に乗りがちで、調子に乗ってきたところで、そのうち負けが続くようになる、というのはよくあるパターンなんですけど、ここで言っているのはそういう
「ビギナーズラック」で調子に乗ったヤツが負ける話
ではなく、普段、普通に安定したトレードをやっているような人に起きることの話です。

相場の状況がいいとか悪いとか、暴落してるとか、ガンガン上昇しているとか、そういうこととは全く関係なく
なぜかうまくいかないなぁ、やることなすこと裏目に出るなぁ
みたいな感じになってしまうことです。
仮にものすごいトレンド相場でも、なんだか乗っかるタイミングがおかしい、なんだか利益確定や損切りのタイミングがうまくいかない、ましてや方向性がない相場なら、繰り返し失敗する、みたいな感じ。

私はこういうのを
手が合わない
という風に表現しているんですけど、そういうことです。


私時自身、そーいうのは常に繰り返しているんですけども・・・というか、割とプロのみなさんそうじゃないかと思うんですけれどね。
結局、人間にはスランプもあれば好調もある、繰り返しで、結局はトータルでプラスになっている、ということではないかと思います。
感情を持つ人間がトレードしている以上、完全にスランプを避けることは不可能だと思うので、結果的に色々スランプはあれど、最後にプラスになっていればいい、ということであると思います。

余談ですが、私はフリーでずーっと仕事をしてきて、造形の仕事、ゲームデザイン、グラフィックデザイン、プログラミング、3DCGデザインなどなど、多くのジャンルをやってきて、そのジャンルに関係する執筆作業というのもやってきたんですけど、全ての仕事で、スランプというのは必ずありました。
私の場合「プチスランプ」とでも呼べるものはしょっちゅうありましたが、数年に一度、必ず、本格的なスランプが来ます。
長く同じ経験をしていると、そのうち「こういうときは仕事をしても駄目。そのうち直るので、それまでは別のことをしていればいい」みたいな悟りというか理解ができまして(笑) そのうちうまくスランプともつきあえるようになりました。


で、スランプの原因です。
人にはそれぞれ、スランプの原因があるでしょうし、一概には言えないと思います。
うまくいくことが続くと調子に乗る、ということも、もちろん大きな原因だと思うんですけど、私の場合、それよりも大きな原因は、とても明確で
日常生活の問題が影響している
のです。
もっとはっきり言えば、日常のストレスがダイレクトに成績に影響します。

別に家庭内不和があるわけではない、というか、オッサンオバサンの夫婦の割には仲はいいと思いますが、小学校三年の娘にちょっと発達障害的な問題があり、ストレスがたまる事が多いので、そのストレスが我慢の限界に達しているようなときは、必ずスランプに陥ります。

まあ、というわけで、今、スランプだ、ということは、最近ストレスがとても溜まっている、ということであります(笑)

余談ですけど、著書にも書いたように「ストレス」とは状況を指す言葉なので、本来「ストレスが溜まる」という言葉は間違いです。


全く関係なさそうな物事でも、トレードはメンタルなものですから、実は大いに関係あるのです。

たとえばの話、奥さんとゴタゴタ揉めていて、家庭内に不和があって、毎日イライラしていて胃がキリキリ痛む、なんて状態では、トレードしてもうまくいきそうもないのは、すぐに分かると思います。

長年トレードをやってると、メンタルへの影響がトレード成績を左右することは理解できていますので、常である種の負担になるような物事は、なるべく背負い込まないで済むように、妻にも協力して生活スタイルというか、いろんな面を整えてもらっていたりもします。
このへん詳しく書くとキリがないのでやめますが、とにかく、
トレードで安定収益を上げるには、いわゆる日常、生活環境を整えるべし
みたいなことは、それこそトレード入門書には絶対書かれてない物事だと思います。
初心者は絶対に軽視すると思います、ともすれば「全然トレードと関係ないじゃん」とさえ言われてしまうかもしれませんが、実際はなによりも重要なことですので、まず、そこから初めてみるのもいいかもしれません。

で、問題のストレスの解消法ですが、私の抱えるストレスの場合は、なんとも解決できないことが多いので、時間が過ぎるのを待つしかありません。
人間というのは、便利なことに、どんなことでも続けば諦めたり慣れたりする機能が備わっているので、たいていはそのうちマシになることが多いから、とにかく我慢です。

もしも、取り除けるストレスが影響してトレードの成績が悪くなる場合は、まずはそのストレスを取り除くことを最優先したほうがいいです。






自動車教習

私は、相場歴20数年以上、などと著書などに書いているので、そこからだいたい年齢は想像がつくと思いますが、実は、数年前まで車の免許を持っていませんでした。

なんでこの歳まで免許がなかったのか、というと、20歳で一人暮らしを始めたので、純粋に免許を取るほど金がなかった、というのと、昔はバイクにはガンガン乗っていたのですが、私、視力がものすごく悪いんです。

0.01とか、そーいうレベルです。
桁間違ってませんよ(笑)

若い頃はそれこそ、年々、視力悪化が進行していってたのですが、夜、バイクに乗っているときに、物が見えないんです。
普段は割と慎重で怖がりな性格なのですが、バイクに乗ると人格が変わって暴走気味(笑)なせいもあって
「あ、こりゃそのうち事故って死ぬな」
と思って、乗るのをやめて、免許を失効したんですね。
当然、夜、物が見えないのは車でも同じことですから、車の免許はそのまま取らないで来たわけです。

けど、まあ、家族を持ったり親が歳だったり、いろんな家庭的な理由で、やはり車があったほうが便利だ、ということと、家を建てて車の駐車スペースがタダになったとかいう理由もあり、一年発起して免許を取りに行ったわけです。

ま、当然、車の免許なんて若い人ばっかりですから、若い人に交じって一人ヒゲヅラ(なんです)のオッサンがいるのは、かなり浮いてました。
正直、かなり居心地が悪くて恥ずかしかったですね。
「家族のため」と思って頑張ったんですが、案外大変でした。

というのは、最初は「歳食っているぶん、人生経験が豊富だから教習もなんとかなるだろう」と思っていたのですが、逆なんですよね。
年齢的に反射神経が鈍っているとか、思考力や記憶力が落ちているとかいうのはむろんあるんですが、そういう面のことではなくて、若い頃というのは、「授業」のような形態だとか、「試験」のような形態を当たり前のように日常的に体験しているじゃないですか、だからそういう形のものごとは、当たり前のように慣れているんですよね。
私のようなオッサンで、しかも会社員で研修などもなければ、そんな形のものは30年ぐらいやってなかったりするので、教室に座っているだけでもしんどいんですよ。
30年ぐらいやってないので、試験や授業みたいな形態に、既に耐性がなくっているんですよね。
これが自発的に趣味で行った投資講座なら、まだ興味があるからいいですけども、そうじゃないですもの。


でもまあ、なんやかんやで一応、無事に試験も一発合格し、めでたく免許は取れました。
それから今のところは無事故無違反で車に乗ってます。

で、教官は結構オジサンが多いですが、私のような年齢の人は少ないので、教習で同乗すると、若い人に話せないような話なんでしょうね、色々と話をしてくれるんです。
ぶっちゃけ、若いヤツへのグチも多かったですよ(笑)

私が免許を取りに行ったのは夏休みあたりだったんですが、夏休みだから免許取りに来る大学生って多いでしょう、と聞いたら、違う意味でこの時期は多いんです、と教えてくれました。
どういう意味かというと、春の入学シーズンに免許を取りに来るんだけど、途中で挫折してしまうヤツがとても多い。
教習を休止できる期間が半年だったかな? そのぐらいなんで、その挫折した奴らが、期限ぎりぎりなので、夏休みに仕方なく再度続きを取りに来る、という話でした。


はい、何が言いたいのか、もうお分かりかもしれませんが、トレードも免許も、挫折しちゃ駄目です、ってことです。
正直、この年になって免許を取るなんて無理かもしれない
もし取れても、運転が危なっかしいかもしれない
などと思ったのですが、不可能だと思えても、頑張れば私のような中年のオッサンでもなんとかなるもんなんです。

要は、諦めずに、根気よく頑張ること、続けること、これですね。

トレードなんて、何度も言いますが、何度も練習して上手くなるものですから、そんなに簡単に上達するわけありません。
春にちょっと免許取りに行って、すぐに諦めるような態度、一度や二度の敗北で諦めるようでは、トレードもうまくなりません。
何度失敗しても、諦めずに延々と続けていれば、いずれはそれなりに上手くなるものです。


というか、それなりにトレードで生活している人というのは、本当にトレードが好きな人で、そういう人は、要するに、諦められないんですよね、諦められないから、また性懲りも無く、何度でもチャレンジしちゃう。
多くの相場師、トップトレーダーが、一度は全財産を失うぐらいの失敗をしたエピソードを書かれていますし、それでも諦めず、働いて資金を作ったとか、親族に借金して資金を作ったとか、書いてます。
言い換えると、そういう風に「どうしても相場を諦められない人」でないと、トレードで成功しない、と言えると思います。

ただし、これは著書にも書いた話ですが、このことを成功法則の本の「嘘」のように捉えてはいけません。
「そういう人は必ず成功する」ということではありません
それは成功への要件ではあっても、それを持てば成功が約束されるわけではありません。
成功する人たちの何倍、何十倍、何百倍もいる大損して破綻する人々も、また、「どうしても相場を諦められない人」たちであることは、よく心しておく必要があります。







整理するタイミング

前々回、今年から、自分でつけているデータの量を減らした、という話を書きましたが、注意というか、肝心のことを書き忘れたので、補足です。

情報を減らす、という作業は個人トレーダーにとっては原則として必須なのですが、いつ減らすか、という問題です。
ちなみに「原則として」、と書いたのは、もちろんトレードというのは「その人間の性質に合致したものでないといけない」わけですので、情報が多いほうがうまく立ち回れる人間というのも、中には希にいるだろうと思うので「原則として」ですね。

で、情報というのは、初心者のときは、減らすと精神的に逆にしんどくなったりするわけです。
つまり、情報が多いほど勝てるだろう、と思ってる、情報が多いほど勉強していると思ってる、という認識があれば、情報が減るというのは、「サボっている」「負けるんじゃないか」という不安感に繋がるわけです。
最低、この不安が克服できるだけのメンタルは出来てる必要があると思います、つまり「認識」ですが、ちゃんと深層心理で「情報なんか増えてもいいことはない」という理解が出来ている必要があります。


まあ、ある程度コンスタントに成績が(負けでも勝ちでも構いませんが、割と結果が一定している)出ているなら、そこで情報を減らしてみたら「なんだ、別に成績変わらないじゃん」という気づきに繋がると思うんですが、なかなか、それも誰でも出来ることじゃないですね。

結局、だから普段からトレードの「実践部分」がルーチンワーク的になってて、もはや日常の作業に近い、という状態にまでなっていれば、情報が減ろうが増えようが、やるべき作業は一緒、毎日淡々とこなすだけになりますので、あまり情報の増減が気にならないんじゃないかな、と。
というか、たとえば毎日経済指標とチャートを見てから売買するとします、で、よくよく、それを突き詰めていくと、実際にトレードの判断にダイレクトに直結しているのは、チャートの形状だけだったりする、ということに気づくと思います。
つまり、経済指標のほうは、別に見なくてもいいんじゃね? と気づいたりするわけです。

たとえば、これは昔の私自身もそうなんですが、トレードをしているときに、いわゆる相場の「強弱」というか、今、日経平均は強いのか弱いのか、上に行きそうなのか下に行きそうなのか、なんてことを知りたい、ということで、投資部門主体別売買動向を見たりとか、いろんなデータを見るわけですよ。
投資家は、そういうのを「参考にする」とよく言うんですが、でもね、よくよく考えてみて、本当にそうかっていうと、結局、その情報で売買することはないんです、常に、売買の根拠はチャートだったする、じゃあ、その情報が本当にいるのか、って考えると、別に参考になんかなってないんです、要らなかったんですよ。
そう気づいたら、そのときに、思い切って情報を減らせばいいと思います。

逆に、チャートを根拠に売買すると決めているなら、その判断を揺るがすかもしれない情報は全て「ノイズ」なんです。
不要な雑音なんですよ。
著書にも書いたようにそういう情報っていのは、増えれば増えるほど迷いや判断ミスを呼ぶので、トレードの弊害を増やすだけなんですね。

なんか頭痛いんで(笑) よく分からないというか、とりとめのない感じになりましたが、そんな感じで。
また今度?まとめなおします・・・かな? まあそのうちいつか(笑)


あ、あと、私がデータつけを減らした理由のもうひとつは、日常生活が結構忙しくなったから、っていうのもあって。
日々のルーチンワークは、あまり負担にならないようにしたほうがいいです。
プロ(意識)なんだから、どんなに大変でもやるのが当然、というのは正論ですし、私の主張もそうですけど、こと、トレードというのは、ほとんどが「メンタルに左右される」ものですので、あまり負担が大きすぎてメンタルに良くない影響があると、トレード自体の内容が悪くなります。
それじゃ完全に本末転倒ですから、「苦労もそれなりに」ということですね。







オーナー紹介 増田蔵人
フリーで造型、PC関係等の仕事を多岐に渡り担当、関連雑誌等のライター。本名で著書が十数冊ある。
投資歴は30年。近年ライターとしての仕事が激減したため、プロトレーダーとして生計をたてるに至る。
2015年、ライター生活の集大成、トレーダー啓蒙書『投資の聖杯 ~投資常識の嘘~ 本気で勝てるトレーダーになりたい人のためのバイブル』を電子書籍でリリース。
最新コメント
ツナギ売買の入門と実践 [増田蔵人 著]


  • ライブドアブログ