トレーダーズ・グレイル

トレードの世界を探求するプロトレーダー増田蔵人の気まぐれ更新ブログ 本当に勝てる投資家になるためのブログ

トレードに関する物事

Meta Trader

私は、FXの売買には楽天証券が提供しているMeta Trader 4(通称MT4)を利用しています。

たいていの場合、取引ソフトというのは、それぞれの証券会社が独自に用意したもので、これまた困ったことに、たとえば株の取引と先物取引、FXの取引で、なぜか同じ会社なのに全く統一性がないソフトが使われていて、カオスになることが多いんですよ。
恐ろしいことに、同じ証券会社のソフトでも、商品によって全く「インターフェイスデザインのコンセプトが正反対だったりする」ことさえあります
それだけ見ると、ポリシーが感じられないというか、もう無茶苦茶です。
たとえば、楽天のMarketSpeedと、MarketSpeedFXのソフトウエアデザインは、全く別物ですよね。

こういう統一感のなさ、というのは、ソフトウエア開発者のはしくれとしても、利用者としても許せないんですけども、なんでこういうことが起きるかというと、その会社が元々は株しか扱っていなくて、たとえばFXならFXで、FX部門を新設するときに、元々は違うFXを扱う会社を合併してFX部門としたために、その会社のソフトをそのまま引き継いでいる、からなんですよね。

なんか話がズレてます、私、ずっと前から、この証券会社の「商品ごとに全く統一感のないソフト」というのが、非常に腹立たしくて憤りを感じていたので、言えてスッキリしました(笑)


さて、ところがMT4は、その証券会社が独自に用意したものではないのです。
MT4という汎用ソフトがあり、それに各証券会社が対応している形ですので、MT4に対応している証券会社なら、どこでも共通で同じMT4のインターフェイスを利用できるのですよ。
ううん、素晴らしい。
PC版は、各社でダウンロードも用意していると思いますが(楽天にはありました)、Android版を見れば分かりますが、Google play StoreにMT4があるだけで、証券会社の名前はついてないので、このことがよく分かると思います。
ユーザーはMT4をインストールして、サーバーリストから、自分が使っている証券会社を探して、ログインする仕組みです。

しかも、インジケーターと呼ばれるカスタマイズ機能を利用できるので、自分でコードを書けば、自由にカスタマイズが可能になります。
素晴らしいX2

でも、パネルレイアウトがカスタマイズできないのは、かなりマイナス。

ちなみに、MT4はFX用ですが、 実はちょっといじると、日経平均なども表示できますので、私はそーいう用途にも使っています。
やり方は「MT4 日経平均」などで検索すれば、すぐ出てくると思います、うん、不親切(笑)
どうもMT4は設定保存にレジストリを使っていないようですので、複数インストールすることが可能だと発見しました。
あ、レジストリってのはWindowsで設定などが一括保存されているファイルですが、レジストリに設定が保存されると、設定が上書きされちゃうので複数を同時に使えなかったりするわけです、それ以前にすでにインストールされているかチェックかけるソフトだと複数インストールはダメですが。
なので、私はFX取引用、日経検討用、などと複数を分けて使ってます。

えーっと、何の話だっけな?(笑)

すいません、酔っ払って書いてるもんですからw

あ、そうそう、でね、MT4はそれだけではなく、エキスパートアドバイザ(EA)と呼ばれるもので、プログラムして自動売買システムが組めるんですよ。
それでね、以前から、このプログラムは自分でもいじってみてたんですけど、しばらくご無沙汰してまして、最近、また興味をもって、色々検索してみたら、「C言語ベースなので敷居が高い」という記事がいっぱい出てきまして・・・・。

あ、これC言語ベースだったんだ、と、今更、初めて気づいた次第です、どうりで、なんか書きやすいと思った、という(笑)
いやほんと、全然気づいてなかったです、馬鹿?w

えっとですね、一応説明しておくと、C言語はおそらくWindowsでは一番ポピュラーなプログラム言語で、まあ最近はC言語を拡張したC++とかが主流ですが、プログラマにはおなじみの言語です。
私、著書の紹介などに書いてますが、実は一応、元プログラマでして、「C++言語の入門書」も出してるんですよね、MicoroSoftからもC++でXBOXプログラミングする、なんて本を出してますよ、過去の栄光です(笑)

えーっと、それでね、今回、しばらくぶりにMT4のプログラミングのやり方を(忘れてるので)検索したんですけど、すっごい
自動でEAを作る、EA作成サイト
なんてものが、検索に引っかかってくる
おそらく以前と同じワードで検索していると思うんですが、ずっと前に検索したときは、こんなの出てこなかったんですよ。

この変化を見て
いかに、MT4がトレーダーに愛されているのか
と思うと同時に
いかにEA作成がハードルが高く、作成を求める人が多いのか
ということが理解できました。

良いことだと思う反面、それだけ
楽をしてEAを入手したい
という思いが強い人が多いのは、ちょっといかがなものか、とも思います。

おそらく、そういう人たちっていうのは、要するに自動売買、システムトレードに
聖杯を求めているんだろう
と思うんですよ。
本当に儲けたいんだったら、プログラムぐらい勉強すればいいのに、楽をして儲けたい、儲かるシステムが欲しい、っていう考えだと思うんですが、そういうところに至るまでには、たぶん
それ以前のトレードでうまくいかなかった
経験があるんだと思うんです。
自分で売買してもうまくいかないから、自動売買に頼りたい、自動ならうまくいきそう、という。

こういう「他力本願」の人たちはいつの時代も投資家の大半を占めていることは、著書にも書いたとおりですが、そういう人たちを相手にする詐欺師たちがいつの時代も、投資家を食い物にする図式も変わりません。
無数に増えたEAの自動作成サイトなどが、詐欺師たちだとは言いませんが、そういった「甘え性分の他力本願トレーダー」を生み出す土壌になることは確かだと思うので、個人的には、なんだかなぁ、と思うというか、あまり歓迎できない感じがします。



2017年総括

みなさま、あけましておめでとうございます。

2017年の投資成績はいかがだったでしょうか?


久しぶりの更新ですが、別に敗退して投資をやめてた、とかいうわけではありません(笑)

特に何があったというわけではなく、単に忙しくてブログの更新をサボっていただけですw
何度も書きますが、誰も読んでないブログなので、書いてもしょうがない、みたいなところがあるので(笑)


2017年も、いよいよ終わり、ということで、個人的なことしの話を少し。

さて、17年の私の最大の事件は、今だから言えますが、最強の投資技法 ツナギ売買の入門と実践: ~投資の聖杯アドバンスド~ Kindle版を、紙の書籍で出版しないかというオファーが某出版社からあり、かなり色々と検討して気合いを入れてたんですが、結果的にポシャったという経緯があります。

私は二十歳の頃から、ライターをやってますんで、物書きとしては30年以上出版業界に携わってます。
自著の著者紹介に書いてますが、本名では、20冊近く単行本を出していますし、海外でも翻訳本を出しましたから、それなりに’出版事情には通じてるつもりです。

そのへんの経験から言いますが、最近はだいぶ日本でも電子出版が盛んになったとはいえ、まだまだ、相当な後進国です。
自分自身がやはり紙の書籍にはそれなりの思い入れがある世代だという点もあるし、紙媒体のメリットも理解しているから、やっぱり、出来れば自分の著書は紙で出版したいという思いが強く、結果的に紙媒体での出版がポシャったのは
非常にガッカリした
のが正直な感想です。

私の投資の著書は、Amazonで電子書籍として出版しているわけですが、ありがたいことに、そのジャンルでは、結構上位にランキングされており、そこそこ売れてます。
それでも、日本は、そもそも日本語が電子書籍向きではないし、いろんな会社がバラバラに独占的に売ろうとしてる点もあって、正直、全然、電子書籍は売れません。
売れるのは、紙の書籍で名が通った作家なんかに限られます。

電子出版の良い点は「誰でも簡単に出版できる」点ですが、同時にそれは悪い点でもあり、ともかく、電子書籍の99%は、全く売れてない、と思っていいです。
そんな中ですから、私の本は、そこそこ売れてるほうではありますが、そうはいっても、正直、紙の本と比べると、印税は微々たるもので、仕事としては全く成り立たないだろうレベルです。

それでも本を書くのは、みなさんにそれなりに儲けられるようになってほしいから・・・というのも本当にありますし、自分が先人たちから学んだことを後身に伝えたい、というのもあります。
そしてなにより、書くのが好きだ、というのがあります。
ぶっちゃけ、私は本を書くなら、500ページでも千ページでも全く苦になりません。
ただ、読み返して校正するのは好きじゃないんで、いっぱい書くと、後でそこが苦になるんですけど(笑)

話がズレましたが、電子書籍はそんな事情ですから、紙で出版したいというのを切望していまして、
それだけにガッカリ度合いは高かったですね
しばらくは、何事もやる気がしなかったほどです。



さて、話変わって、2017年の相場は、株式市場は後期こそ大きく歴史的な上昇を演じましたが、それ以外はほとんどが停滞していましたね。
どんなメディアを見ても、多くの個人投資家、機関投資家が
今年の相場は難しかった
と言っており、私も同じ印象です。

正直、かなりヤラれた場面もあり、結果的に大丈夫だったのが意外なほどです。

記録的な連騰にしても、あそこまで上がるとは誰も予想できなかったでしょうし、相場では昔から言うように「実は強い相場で儲けるのはとても難しい」のです。
なぜなら、「全然押し目が来ない」ので、押し目で乗ろうとした人はいつまでも乗れないで上昇を眺めるだけになるし、いざ勇気を出して乗ったときがピークだったりするからです。
また、個人の多くは逆張りなので、「いいかげんここまで上がったら落ちるだろう」と思って売り向かっていると、いつまでも上がるので、損をしてしまうわけです。

特に、なんせ、17年の連騰は、これまでの相場の歴史にない上昇ですから、普通、「いくらなんでもそこまではないだろう」と思うのも当然です。
投資にある「もうはまだなり」という格言は、実に馬鹿馬鹿しいものですが、今回に限っては、これが当たっていましたね。

実際、今年は、ラジオNIKKEIで上昇相場の、確か末期ごろに「みなさんは儲かってますか」というアンケートをやっていましたが、結果はやはり、「損をしている」という人のほうが遙かに多かったと記憶してます。

その一方で、いわゆる本気で投資をしてない人、損をして、ずーっと塩漬けにして放置していたような人は、多くの銘柄が上がったので、ようやく利食いができた、という人が多かったようです。


また、為替相場などは、ほとんどが「凪いでいた」という状態でした。
これはこれで、やりにくかったのですよね。


そんなこんなで、機関投資家の多くが
相場の環境が、これまでにない新しい時代に突入したように感じる
という趣旨のことをメディアで言っていました

これも、私も同感です。
今までと違う、新時代に突入したのが2017年だったように感じます。

結局大勢を決定するのは海外相場で、海外相場がこの先どうなるかによって、また変わると思いますが、少なくとも日本だけに関して言えば、安倍政権と日銀の黒田総裁がいる間は、この環境が続くと思います。


私の主張は投資の聖杯: ~投資常識の嘘~ 本気で勝てるトレーダーになりたい人のためのバイブル [Kindle版]から変わりませんし、投資業界の根本的なところに流れる原則は今後も同じだと思います。

決して、これまでの技法が通じない時代になっている、とかいうことではないんですが、たとえば使う技法をちょっと変えるとか、時間枠のとらえ方を変えるとか、要するに
どう捉えて、何を使っていくか
という部分のとらえ方や使う物が、これまでとは少し違うスタイルにしないと、適応できないように思います。

もちろん、これは私を含めた、いわゆるスイングトレーダーなどの話で、デイトレーダーなどは、今まで通りでいけるのかもしれませんが。

とにかく、長年、ずーっと同じやり方を続けてきましたが、ちょっと、2018年は今までの投資対象とやり方では稼げないのではないか、と思っています。
もちろん、今までのやり方を少しずつ修正、変更して適応するやり方もアリだと思いますし、それはそれでいいと思うんですが、私は、思い切って、2018年は大きくスタイルを変えることを検討してます。

ま、失敗すると、来年はここにいないかもしれませんが(笑) ・・・・一応ねー、家族の生活がかかってるので、頑張ろうと思います。


とはいえ、私の場合、以前も書きましたが投資に関しては4月を年度区切りとしてますので、あんまり新年は区切りとしては関係ないんですけどね(笑)

セイラー博士、おめでとう

だいぶ間があいてしまったんですが、今年のノーベル経済学賞は
行動経済学者のリチャード・セイラー博士
が受賞したようですね。

著書にも書いたようにノーベル経済学賞は
実はノーベル賞ではない
上に
主張が真っ向から対立する2人に賞を与えるような、かなりいいかげんな賞
で、遺族に
ノーベルは墓の下で激怒してるだろう
なんて言われちゃってるぐらいのアレな賞なんですが、まあ、それはさておき、とりあえず
セイラー博士、おめでとうございます。

私、投資の聖杯: ~投資常識の嘘~ 本気で勝てるトレーダーになりたい人のためのバイブルにセイラー博士の引用を載せたかどうか忘れましたが・・・ってなんで忘れてるかって、あの本は、書くときに大量の引用をピックアップして、あとからその中から文脈にあいそうなものを選んで掲載したので、最終的に採用したかどうか分からなくなってるわけなんですが、とにかく、あの本を書く上で、かなり、セイラー博士の本はかなり参照しています。

そもそも、投資の聖杯を執筆しはじめた頃は、今ほど行動経済学はポピュラーではありませんでしたし、なによりも、行動経済学の創始者である、ダニエル・カーネマン自身が書いた本がまだ存在していなかったので、文献が少なかったわけです。

私が行動経済学を勉強し始めたのは、たしか20代だと思うんですが、その頃は「行動ファイナンス」の呼び名が普通でした。

うちの父は、実は某国公立大学の経済学部の教授だったんです、過去形なのは定年退職してるからです。
著書でもちょっと触れてますが、もうちょっと詳しく言うと、国公立大学の経済学部教授ですし、政府の税制調査会の委員なども務めていて、園遊会にも呼ばれてるし勲章も貰ってるので、経済学では、それなりのエライ人です。

余談ですが、その園遊会で頂く皇室饅頭がウチの猫に食われたのは内緒です(笑) 陛下を崇拝するお年寄りとかからしたら神罰喰らいそうなぐらいに失礼な話ですよね、いや、だってわざとじゃないもん、気づいたら喰ってたんだもんw

その父に、「行動ファイナンスを勉強してる」と言ったら、「そんなものは聞いたことがない」と言われたという(笑) まあ、冗談のようで、今では信じられない話ですが、私が20歳代の頃の最初は、そのぐらいマイナーだった、ということですね。

そんなところからはじまってますから、ぶっちゃけて言えば、最初は「勉強するのも大変だった」んですよ。

本の中でも触れたように、行動経済学は、特に日本では「行動経済学の専門家を自称する人にさえ、間違いが目立つ」と言われるぐらいですから、なるべく、カーネマン以外の文献に頼らず、カーネマンの残した言葉を頼りにしていたのですが、さすがに限界があります。

そこで、次の手段で、カーネマン自身が「この人は大丈夫」的なお墨付きを与えた人の本だけを参考にしたのですが、その中で、セイラー博士の本には大いに助けられました。
セイラー博士の本は、正確であるだけではなく、なによりも「行動経済学を知らないど素人にも分かるように、非常に平易な言葉でとっつきやすく書かれている」ことが素晴らしいです。

セイラー博士の本がなかったら、「投資の聖杯」は完成していなかったでしょうから、感謝に堪えません。

セイラー教授の行動経済学入門
リチャード・セイラー
ダイヤモンド社
2007-10-27



実践 行動経済学
リチャード・セイラー
日経BP社
2009-07-09


予測と可能性の違い

先日、普通免許の更新に行ってきました。

私は、著書にも書いたように、よく
トレードは予測のゲームではない。
可能性に賭けるゲームである。
ということを言います。

まあ、文で書くと言語表現の問題に過ぎないので、文章的には曖昧なところなんですけど。
よく本を読んでみると、「可能性」のことを「予測」と表現しているような著者の方もいらっしゃいますし、言葉の使い方は結構曖昧なんで、それ故に、「なぜ、その違いがトレードにとって、そんなに重要なのか」ということが伝わりにくい部分でもあるんですけど、本質的には、大きな認識の違いの問題なんですよね。

さて、免許の更新時には、講習が義務づけられています。
その講習で、よく、こういうことを言いますよね。
「だろう」運転をしてはいけない、「かもしれない」運転をしよう。

「だろう」というのは、要するに決めつけです。
「ここから人は飛び出してこないだろう」「このぐらいのスピードなら大丈夫だろう」「相手がよけてくれるだろう」などという「だろう」です。
車の運転において「状況を決めつける」ことは危険だということです。

「かもしれない」というのは、要するに、意識的に「起きるかも知れないことを(最大限に)考える」ということです。
「車のカゲから人が出てくるかもしれない」「急に対抗車線のバイクが中央に出てくるかもしれない」「横を歩いている子供が飛び出してくるかもしれない」などという「かもしれない」です。
車の運転においては、「可能な限り、考えつく状況を列挙しておく」のが安全だということですね。

お分かりだと思いますが、トレードで「予測」するというのは、いわばこの「だろう運転」なのです。
一方で「可能性に賭ける」というのは「かもしれない運転」なのです。
前者は、決めつけです。
言い換えると、それ以外の可能性を無意識に排除しようとしている、ということなんです。
後者は逆に、可能性を最大限に列挙して念頭におく、ということです。
このように、言葉では違いがイマイチ曖昧でも、本質的には全く正反対のことを言っているわけなのです。

今、「可能性を無意識に排除しようとしている」と言いましたが、まさにトレードにおける「予測」とはそういうことです。
基本的に、買うだけ、もしくは買いが主体のトレーダーなら、基本「上がって欲しい」というか「上がる予想を希望する」バイアスが最初からかかっているわけです。
その基盤から出発する予測というのは、要するに「出来るだけ、上がると思えるものを見つけ出す」という傾向になります。
言い換えると、逆、すなわち「下がる」方向の要素は、無意識に無視しようとするわけです。
これが予測の恐ろしいところです。

そんなこと言っても、「かもしれない」はあくまでも「かもしれない」に過ぎないじゃないか、「上がるかもしれない」「下がるかもしれない」も半々だろう? と言われそうですが、たとえば、道の中央で対向車が止まっていて右にウインカーを出していたら、これは普通に考えて「左に曲がる」よりは、「右折する可能性が高い」ということですよね?
この「可能性が高いと思われる」ところに賭けるのが、トレードなのです。
むろん、トレードの可能性は、右折ほどはっきりしていませんが、それでも「優位」だと思える場面はあります。
それが「相場勘」だったり「テクニカルにおけるブレイクだったりレジスタンスでの反発だったり」するわけです。


「だろう運転」が危険なのは、決めつけていた状況と違うことが起きたとき、対処できなくなるからですね。
同じく、「だろう」運転トレードをすると、思っていたのと違う状況になったとき、うまく動けません。
損切りを躊躇したり、延々我慢してから最悪のときに切ったりする、売りから買いスタンスに転じるべきなのに、売りスタンスに固執しちゃったりする、などなど
トレードの失敗は、こういう「だろう」運転トレードから来ます。

ところが、ここで問題なのは、人間というのは基本「だろう運転」をする生き物だということです。
なぜなら、人間には標準で「安心したい」という機能などが備わっているからです。
安心したいという欲求を満たすには「こうなるだろう」「こうはならないだろう」などと決めつけておけばいいのです、そうすれば「安心」なのです。
まあ、他にも色々ありますが、要は、意識的に心がけて動かない限りは、人間は自動的に「だろう運転」になるように出来ているということです。
この話、たとえは違いますが、私が投資の聖杯で述べている、人間は標準で備わった機能のままでは基本負けるように出来ているので、行動経済学が示したような物事を理解し、意識的にコントロールできるようにならなければならない、ということと同じことを言ってます。

トレードの安全のためにも「かもしれない」運転トレードをお勧めします。

トレーダーのリスクとリワード

先日、とあるトレード本(米国の本)を読んでいたら、仕掛け位置に対して、損切りを-1としたら、利益確定を2として注文を出す、という話があり、そこに「リスク・リワードレシオは1:2になる」と書いてありました。

リスク・リワードレシオというのは、要するにそのトレードに期待される、損と利益の比率です。

これに対して、翻訳者の人がまえがきに「仕掛け位置からの距離が違えば、そこに到達する確率は同じではないので、これを1:2と言うのはおかしい」と書き、ご丁寧にも「価格が上下に動く確率を半々(50%)とすれば、本当のレシオは」と計算までしていました。

私は、翻訳者というものは、著者の主張や思想、内容がどうであれ、それをできるだけ正確にそのまま翻訳するのが正しいと思っていますから、評論家ではなく、翻訳者が独自の判断で著者の主張を間違いと指摘するのは、そもそも、いかがなものか、と思うんですが
ま、それはともかく、この指摘を見ても、訳文を見ても、この翻訳者はトレードをしてないんだろうなぁ、と感じました。

確かに、この訳者の理屈は正しいのです。
理論的には正しいのですが
トレーダー的な理論では間違いなのです

なぜなら、そもそも、トレーダーというのは
己の能力によって、マーケットから稼ぐことができる
と信じている生き物だからです。
この最大の大前提を置いた上で、トレードを行うのですから、価格の動く方向性を見極められると信じているのです。
トレーダーが仕掛けるときは、当てずっぽうに、価格がどっちに行くかも分からずに仕掛けるなんてことはあり得ません。
価格が自分にとってプラスの方向に動く可能性が高いと見極めて仕掛ける、少なくとも、トレーダー自身はそう信じているからこそ仕掛けるのです。
トレードの本である以上、それは「自分の能力で価格の行方が見極められる(ある程度利益が上がる程度には)」と信じている前提から物事が始まるわけですから、価格が上下に行く可能性が50%だなんていう前提は全く無意味なわけです。
そんな前提を置く人間は、要するに「効率的市場仮説主義者」であって、自己裁量でトレードをするなんてことしません。
買仕掛けなら買仕掛けで、上がる可能性が高いと踏んだ上で仕掛けるわけですから、要は上がる可能性は50%ではなく70%や80%、90%だとトレーダーは思っているわけで、その場合のリスク・リワードレシオは、1:2どころか、確信の度合いによっては1:4にも1:5にもなるのです。

頭の硬い確率論者から「んなの無茶苦茶で非論理的じゃん」と言われても、そうなんですから仕方ありません。
最初から、トレーダーというのは、「マーケットから自己の能力でお金を稼ぐことが可能である」という決して証明できない前提が「正しい」と信じている上に存在している、偏った存在なのです。
純粋な論理性だけのリスク・リワードレシオを硬く信じる人間は、そもそもトレードをやりません。
なぜならそうした純粋に数学的に正しいだけの論理性を信じる人間は、価格の上下移動も必ず50%であると信じますし、それだとリスク・リワードレシオは、必ずコスト分マイナスになるので、絶対にトレードでは勝てないからです。
成り立ちからして数学的には証明不可能で非論理的な存在が「トレーダーというもの」なんですから、そこにある理屈が数学的に無茶苦茶だって仕方ない、というか、それでいいんです、そういうものです。

チャート分析なんか、結局は何の根拠もない主観的な思い込みで、魔術や幽霊を信じることと、そう変わりませんもの。

トレーダーの一部は、数字の理屈をこねくりまわすが好きですが、いくら彼らの言う理屈が正しく見えようとも、「トレーダーの能力によって、トレードで継続的に利益を上げ続けることが可能である」という根本を数学的に証明していなければ、その理論は単に、証明もされていない「トレーダーは必ず勝てる」という曖昧な確信を前提とし、その前提を証明するためだけに都合良く作り出された偏った理論に過ぎません。
極端に言えば、宇宙人存在派の人たちが、宇宙人が存在する証拠をいかにも論理的に、いくらでも挙げてくるのと同じです。
けれど、「トレーダー否定派」の人の本を読めば、全く同じように「数字をこねくりまわして、トレーダーが儲けられることを否定する理論がわんさか出てくる」のです。

あのマンデルブロでさえ、マーケットは解き明かせなかったのです。
当たり前の話なんですが、もしも「その手の数学的理屈をこねくりまわす投資本」が言うように、純粋な数学的理論だけで本当に確率的優位性が作り出せるのであれば、これだけ天才的な人材を集めてスーパーコンピューターを駆使している会社が、いまだに無限の利益を得ていないとは考えられません。
むろん、そうなれば、無限の利益を生み出されて、とっくに金融マーケットは崩壊しているはずです。
そこを考えれば、一見数学的に正しいような理屈をこねくりまわしていても、実は単に「トレーダーは稼げる派」に都合の良い偏った論理を振り回しているだけだと気づくでしょう。
トレードの本において、数字で理論武装している本があまり信用おけないのは、こういう理由です。




オーナー紹介 増田蔵人
フリーで造型、PC関係等の仕事を多岐に渡り担当、関連雑誌等のライター。本名で著書が十数冊ある。
投資歴は30年。近年ライターとしての仕事が激減したため、プロトレーダーとして生計をたてるに至る。
2015年、ライター生活の集大成、トレーダー啓蒙書『投資の聖杯 ~投資常識の嘘~ 本気で勝てるトレーダーになりたい人のためのバイブル』を電子書籍でリリース。
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ツナギ売買の入門と実践 [増田蔵人 著]


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