トレーダーズ・グレイル

トレードの世界を探求するプロトレーダー増田蔵人の気まぐれ更新ブログ 本当に勝てる投資家になるためのブログ

トレードの技術

予測と可能性の違い

先日、普通免許の更新に行ってきました。

私は、著書にも書いたように、よく
トレードは予測のゲームではない。
可能性に賭けるゲームである。
ということを言います。

まあ、文で書くと言語表現の問題に過ぎないので、文章的には曖昧なところなんですけど。
よく本を読んでみると、「可能性」のことを「予測」と表現しているような著者の方もいらっしゃいますし、言葉の使い方は結構曖昧なんで、それ故に、「なぜ、その違いがトレードにとって、そんなに重要なのか」ということが伝わりにくい部分でもあるんですけど、本質的には、大きな認識の違いの問題なんですよね。

さて、免許の更新時には、講習が義務づけられています。
その講習で、よく、こういうことを言いますよね。
「だろう」運転をしてはいけない、「かもしれない」運転をしよう。

「だろう」というのは、要するに決めつけです。
「ここから人は飛び出してこないだろう」「このぐらいのスピードなら大丈夫だろう」「相手がよけてくれるだろう」などという「だろう」です。
車の運転において「状況を決めつける」ことは危険だということです。

「かもしれない」というのは、要するに、意識的に「起きるかも知れないことを(最大限に)考える」ということです。
「車のカゲから人が出てくるかもしれない」「急に対抗車線のバイクが中央に出てくるかもしれない」「横を歩いている子供が飛び出してくるかもしれない」などという「かもしれない」です。
車の運転においては、「可能な限り、考えつく状況を列挙しておく」のが安全だということですね。

お分かりだと思いますが、トレードで「予測」するというのは、いわばこの「だろう運転」なのです。
一方で「可能性に賭ける」というのは「かもしれない運転」なのです。
前者は、決めつけです。
言い換えると、それ以外の可能性を無意識に排除しようとしている、ということなんです。
後者は逆に、可能性を最大限に列挙して念頭におく、ということです。
このように、言葉では違いがイマイチ曖昧でも、本質的には全く正反対のことを言っているわけなのです。

今、「可能性を無意識に排除しようとしている」と言いましたが、まさにトレードにおける「予測」とはそういうことです。
基本的に、買うだけ、もしくは買いが主体のトレーダーなら、基本「上がって欲しい」というか「上がる予想を希望する」バイアスが最初からかかっているわけです。
その基盤から出発する予測というのは、要するに「出来るだけ、上がると思えるものを見つけ出す」という傾向になります。
言い換えると、逆、すなわち「下がる」方向の要素は、無意識に無視しようとするわけです。
これが予測の恐ろしいところです。

そんなこと言っても、「かもしれない」はあくまでも「かもしれない」に過ぎないじゃないか、「上がるかもしれない」「下がるかもしれない」も半々だろう? と言われそうですが、たとえば、道の中央で対向車が止まっていて右にウインカーを出していたら、これは普通に考えて「左に曲がる」よりは、「右折する可能性が高い」ということですよね?
この「可能性が高いと思われる」ところに賭けるのが、トレードなのです。
むろん、トレードの可能性は、右折ほどはっきりしていませんが、それでも「優位」だと思える場面はあります。
それが「相場勘」だったり「テクニカルにおけるブレイクだったりレジスタンスでの反発だったり」するわけです。


「だろう運転」が危険なのは、決めつけていた状況と違うことが起きたとき、対処できなくなるからですね。
同じく、「だろう」運転トレードをすると、思っていたのと違う状況になったとき、うまく動けません。
損切りを躊躇したり、延々我慢してから最悪のときに切ったりする、売りから買いスタンスに転じるべきなのに、売りスタンスに固執しちゃったりする、などなど
トレードの失敗は、こういう「だろう」運転トレードから来ます。

ところが、ここで問題なのは、人間というのは基本「だろう運転」をする生き物だということです。
なぜなら、人間には標準で「安心したい」という機能などが備わっているからです。
安心したいという欲求を満たすには「こうなるだろう」「こうはならないだろう」などと決めつけておけばいいのです、そうすれば「安心」なのです。
まあ、他にも色々ありますが、要は、意識的に心がけて動かない限りは、人間は自動的に「だろう運転」になるように出来ているということです。
この話、たとえは違いますが、私が投資の聖杯で述べている、人間は標準で備わった機能のままでは基本負けるように出来ているので、行動経済学が示したような物事を理解し、意識的にコントロールできるようにならなければならない、ということと同じことを言ってます。

トレードの安全のためにも「かもしれない」運転トレードをお勧めします。

感覚と文章の限界

私は、よく、チャートの判断について「つまるところ、トレーダーの感覚的なものなので、一概にこうとは言えない」ということを書きます。
実際にトレードをされている方の多くは、裁量トレードでしょうし、ある程度ルールを厳密に決めていても、最終的な判断になんらかの幅を持たせているなら、それはやはり裁量トレードであり、そこに「主観」が入っていることは疑いの余地がありません。

こうした感覚の部分というか、センス、雰囲気、といった部分を、なんとか文章で伝えられればいいとは思うので、常々考えてはいますが、やはり無理があり、限界はあります。
たとえば、チャートの分析を文章化して、図と共に伝えたとして、それが「正解」かといえば、書いている側としては「なんか違うな」ということになるわけで、やはり、これは言葉では伝えにくいことなのです。

こういう例を考えれば、いわんとすることが少しは分かってもらえるかもしれません。
たとえばデイトレードをするとします。
5分足のチャートを分析しているとして、ある場面で、「長い上ひげを持った陰線が出来た」とします。
問題を単純化するために、ここでは前後関係や価格の水準などは無視するとして、この陰線に対して「ブル派(買い手)が攻めたが、ベア派(売り手)の抵抗にあって価格は下落した。ここは弱いと考えられる」などという説明をすることに、異論を挟む人はチャート派なら、あまりいないでしょう。
確かに、理屈としてはそれでも正解なのです、ですが、実際にそのチャートをトレード時に見ているときはどうでしょうか?
つまり、5分足ということは、5分間、目の前で、その足が伸びたり縮んだり、時に一度伸びては下がることでヒゲの長さが伸びていったり、なんていう、リアルタイムで足が形成されていく動きを見ているわけですよ。
ぐいん! と現在値が押し下げられるような動きが何度もあったりとか、それこそ、中世の軍隊が剣と盾で入り乱れて戦闘してて、押したり、押し返したりしているような印象、そういう「動きの印象」から「弱い」だとか「強い」だとか「あんまり強くなさそうだ」などという感覚を得たりしているわけです。

で、結果として、最後に長い上ひげの陰線になって、結果論として「弱い」という結論を出すわけですが、実際にはその結論には、途中の動きから受ける印象がとても強く作用しているわけですよ。
ところが、文章で結果だけを書くと、単に結果としての「弱い」という話になってしまい、そこに至る感覚の部分が全部スルーされる、こういうのが「文で説明すると何か違う」と感じる部分なわけです。

むろん、その5分足の形成の動きというのは、一番分かりやすい例を出しただけで、それ以外の様々な外部情報、たとえば耳に聞こえてくる「投資ラジオ」だとか「ちらっと見た(今トレードしているのとは別の)金融商品のチャート」だとか、とにかく、その結論に至る過程で得た、ありとあらゆる外部情報が感覚に影響を与えているわけですよ。
人間というのは感情の生き物ですから、それこそ、突然窓の外で豪雨が降り出した、なんていう天気だったり、昨日彼女にフラれた、なんていう感情さえ影響を与えている可能性があるわけです。

トレーダーは、常にそういう感覚的なものを得ながらチャートを判断しているわけで、その過程部分をすっ飛ばしてしまって結果だけをまず提示するのが、文章によるチャート解説なわけです。
で、はじめに結果ありきで、あとから、その結果に至る理由を「理屈で説明できる範囲だけを取り出して説明している」わけなんですが、そうすると、結果に至る途中で得ていたはずの感覚的なものがごっそりと抜け落ちている状態になるわけです。
ですが、実際に長い間トレードをしていると
本当に大事なのは、そのごっそり抜け落ちている部分であり、その比重がとても大きい
と理解できてくるわけですよ。

その肝心の部分がなければ、チャート解説なんかしても意味ないだろう、と思うわけです。
だから、私は、あまりチャートを出してきて後知恵で解説する方法は感心しないし、あまりやりたくないんです。
昔の相場師達が、著書の紙面でそれをやっていないのも、同じ理由だと思います。

たとえばですね、青軍と赤軍が戦っているのを俯瞰視点で見ていたとして、青軍が赤軍に押されて、じりじりと後退していると。
これを結果論だけで見れば、「青が不利、赤が優勢」と言うしかないわけです。
ですが、実際の戦闘をつぶさに見ていると、様々な情報から「実は青軍のほうが兵士が優秀であろう」と感じることはあると思うんですよ、これと同じことなんです。
だからこそ、同じ上ひげの陰線であっても、実際のトレードでは、理屈とは違って、感覚的には、逆に「これは強い」と感じる場面があったりするわけです。

しかし、それは決して言葉では伝えられない部分ですから、本に書くチャート解説というのは、言うなれば
換骨奪胎した状態の説明
でしかないわけです。

ここのところが、本を書く上で、常に悩ましいところなんで、常々「感覚的なもので、本当には説明できない」などと書いているわけなんですが、もっと悩ましいのは、そもそも、この「感覚的なもので、本当には説明できない」ということが「なんで?」と、うまく伝わらないことなんですよねw

なんとか伝えたい、という思いは、今でもあるんで、そのうち今後の著書ではやるかもしれませんけど。








待つという技術 3

本当に、ここ数ヶ月の日経平均には動きがありませんね。

私は、7月末あたりには、どちからに動くと踏んでいたんですけど、ハズレましたw

日経平均先物に至っては、一ヶ月の上下幅が500円も行きません。

これほどの膠着相場は、ちょっと記憶にない、という印象なんですけどね。
ラジオで言ってたのを聞きそびれたのでハッキリ覚えてないんですが、こんなに動きが少ないのは1980年か86年以来だと言ってました。
まあ、年はともかく、歴史的にまれなぐらい、動きが少ない膠着相場である、というのは確かなようです。

夏は日本相場の主役である欧米人投資家はバカンス休暇に入りますし、益々、薄商いとなります。
商いが薄いがゆえに、どちらかに振らされやすい、という可能性もあるんですが、全く動かない可能性もありますねぇ。

先に500円、と書きましたけれど、それはあくまでも場中の高安値での話です。
終値だけで言えば、もっと値動きは狭いですし、その全部をトレードで取れるわけは当然ないので、こんな小さな動きで利益を上げようというのは、相当に難しいと言わざるをえません。

けど、これ、言い換えるとボックス圏なんです。

あ、少し話が脱線しますけど、私は日経平均指数よりも、先物のチャートをメインで見ているんですが、形状はボックスというより、次第に値動きが狭くなって「ペナント」状に見えます、もう旗の先端に達してますので、そろそろどっちかにブレイクするかもしれません。

脱線しましたが、ある意味、ボックストレードは「簡単でオイシイ」のです。
が、FXで経験がある人なら分かるように、ボックストレードは非常に「怖い」のです。
FXでは、一日の中で、しばしばボックス圏内で価格が動くということがあり、ボックスの上限で売り、下限で買う、というトレードをしていると
びっくりすぐるぐらい簡単にウハウハ儲かるんですよね
ついつい
これは凄い、俺は天才じゃないか、と思っちゃったりします(笑)

ところが、ボックスといっても、当然厳密にいつも上限下限は同じではないので、その「ズレ具合」をどう判断するかはトレーダーの主観です。
で、一瞬上にブレイクしたけど、ヒゲを描いてすぐに戻る、というようなダマシのことがしばしばあるのです。
こういう状況になれてくると、次第に「ここはまだ大丈夫」とボックスを越えているのに売り増ししたり、買い増ししたりしてしまうように
いつか、必ずなります。
だいたい、それがダマシではなく、本格的なブレイクでヤラれちゃう、というのが、この
ボックス売買の甘い罠
なんですよね。

だから、ボックス売買はやらないほうがいい、特にFXのデイトレではやらないほうがいいと思います。
このことは、Webで検索してみれば、FXでデイトレードをしている方が多く書かれていますので、やはりみんな一度は同じ痛い経験をしているんだと思います。

もちろん、落とし穴を避けて歩けば、落とし穴には落ちないわけで、その
甘い罠に、はまらなければいい
わけですから、「俺は大丈夫」「僕はできる」と、そういう反論をする人もいると思いますけど
そんな簡単に回避できる心理問題ならば、誰もがボックス売買で億万長者になっているはずだ
ということを考えたら、答えは分かると思います。

つまるところ
ボックス売買で利益を上げるのは、ある一定期間ではとても簡単だが、承久的にボックス売買で失敗せずに利益を上げ続けるのは非常に難しい
ということですね。

ボックス売買を世に広めたと言われるニコラス・ダーバス自身が、この甘い罠にはまって破綻したのではないかとも推測されています。


なんか話がズレてきました、ボックス売買の話題を書きたかったんじゃないんですよねw
ボックス売買はかように難しいので、やはり、ここは待つしか無い、ということを言いたかったんです。

もちろん、個別銘柄は活発に動いているのも多いので、それらをトレードしている人はいいのですが、日経は、かれこれ3ヶ月ぐらい動きがありません。
これだけ長い間、じーっと待つ、というのは、相当に忍耐がいる作業ですが、これが出来るかどうかで、最終的に利益が上げられるかどうかが決まるんじゃないかと思います。

何度も言うように、「待つ技術」というのは、相場で相当に高度な技術のひとつです。
今は待つ技術を試される時間と思って
石の上にも三年
ですね(笑)
じっと我慢の子であった・・・はいすいません、このネタが分かる人はいい歳ですw




待つという技術2

相場では「待つ」ということが非常に難しい、それゆえに、「待つ」ということは高度な技術である、と述べていますけれど、本当に「待つ」というのは難しいと思います。

たとえばデイトレードであれば、毎日売買しないとお金にならないわけです。
当然、そこには「早くやりたい」という欲求と「やらないといけない」という強迫観念のようなものがあり、体がトレードをやろうとする動きを抑えられなくなったりします。
特に専業トレーダーであれば、やらないことには儲からない、儲からないと生活できないわけで、当然、やらないといけないという思いは強くなります。

ともすれば、いらない段階でうっかりと仕掛けてしまったりして、結局は損を増やす、そういうことを繰り返して、結局は損を増やすということを分かっているのに、またうっかりやってしまう
だいたい、こんな感じでしょう。

完全にバイアスを無くして冷静に相場を眺めていれば、長年相場を見ている人が(だいたいでよければ)天井や底を見極めるのは、実はそれほど難しくはありません。
でも、そこにひとたび、心理的バイアスが加わると、全くうまく判断ができなくなりますから、駄目なときに仕掛けてしまったりしがちです。

私は投資解説者は害毒そのものであると思っていますが、時に彼らの判断がよく当たることがあるのは、実に皮肉なことに「彼らが投資のプロではない」からなのです。
自分で投資して生活していないから、余計なバイアスが少なく、時には正しく物が見られるわけです。
ま、それでもそう当たりませんが(笑)


さて、デイトレードはタイミングが大事なんですが、そのタイミングを待つのが難しい。
そもそもデイトレは一日で完結という縛りがある以上、時間が過ぎるほど「終わり」が近づくわけで、まだ一回もトレードしてないと焦りも加わります。
デイトレードのやり方によっては、タイミングが来ず、何日もトレードしない場合もあり、それが正しいやり方なのですが、そういう風に待つのは、とても難しいですよね。


前に書いたように、だからそういうときに、ゲームでも娯楽でもなんでも、とにかく自分の興味をひくことで気をそらす、というのは、それなりに有効な手段だと思うのですが、これも書いたように、それが建設的なものでなければ、特に「サボっている」という感覚になりがちで、うしろめたさのようなものもつきまといます。

要は、トレードしていれば、こうした焦り、うしろめたさ、欲求のようなものは軽減されるわけですが、そういう意味でも、分割売買は有効な手段だと思うのです。


たとえばスイングトレードでずーっと買い場を待っているとして、何ヶ月も待ち続けていると、しんどくなってきますね。
ここはまだ底じゃないだろう、もうちょっと下がるだろう、と思う
あまり、仕掛けるべきところではないと、冷静な自分が脳内でささやいている(笑)
でも、「やりたい自分」の我慢が限界に達している。

こういうとき、おそらく損をすると頭では分かっていても、1単位だけ買って見るんです。
それで欲求も不安もある程度解消できるし、冷静さを取り戻すことが出来る。

もちろんずーっと何もしないでタイミングを待てるならそれに超したことはないんですが、それがきちんと出来る人間は、なかなかいません、それがトレードというものですので、多少の損は覚悟で買ってみる。

そこから、それほど下がらないようであれば、その1単位を元にして、分割で数を加えていくことで、将来的には本玉にすることもできます。
結果的に、最初の1単位が「ためし玉」「さぐり玉」的なことになるわけですが、この場合は、最初はそういう意図で建てているわけじゃなくて、あくまでも「やりたい欲求」解消のためですね。

あー・・・・いつも思うんですけど、トレードのこういう話「やりたいやりたい」「早くやりたい」「やりたいのが我慢できない」「欲求が」みたいなことを書いてると、何かエロい話を書いてるようで怪しい気分になりますな(笑)

むろん、損切りしなきゃいけない場合もあるでしょうが、そこはそれ、上記のような問題を理解した上で、いわば「治療薬」として建てた玉なので、必要経費の治療費として割り切るんですね。
まあ、その割り切りがまた難しい、という問題があって、キリがないんですけどね(笑)






待つという技術

このところの相場は、方向感の見えない、ある種の膠着相場だと言っていいと思います。

証券会社というのは投資家を煽って参入させるのが商売ですから、日経平均が高くなると、ここぞとばかりに「今がチャンス」みたいなポジティブな宣伝や肯定的な見方をバンバン出してきますが、通常、高値圏でこういう膠着が起きたときは、1,2段(今は二段目?)のプチ上昇があって、いずれ、一度は大幅下落になるケースのほうが多いと思います。
むろん、外部環境頼みの相場ですから、暴落すると予測するわけではなく、実際に下がるか上がるかは分かりませんが。

著書にも書いたように、相場師の多くが「相場では待つことが一番難しい」と書いています。
トップトレーダーの多くが「待つ技術は高度な技術で、一番難しい」と述べています。

本気でトレードする人ほど「やりたい症候群」があるのが、相場のやっかいなところです。
それも無理からぬ話で、そもそも、稼ごうと思って参加したのに、何もしなければ絶対に利益が出ないわけですから、「やろう」としてしまうのは当然なのです。
特に、生活がかかっていれば、なおさらです。
一生懸命な人ほど、無理矢理に参加したりしますが、結局は、損が増えるだけです。

私自身、ある種の物事に対しては非常にせっかちで、「何かしていないと気が済まない」タイプの人間ですので、その気持ちはよく分かります。
いつも、我慢するのに苦労してます(笑)

ツナギ売買がひとつ有利なのは、膠着相場で建玉をスクエアにしたとき、一応「建玉を持っている」ことです。
むろん、スクエアなので損も益も出ません、実質は建玉がゼロの状態と変わりませんが、心理面では全然違います。
建玉があると、「相場に参加している」という感覚になるのです。
これが、建玉ゼロのときは、「何もしていない」という意識になるので、気が焦って無理に参加しようとしてしまいがちなのですが、建玉を持っていると「現在も参加している」という意識になるので、「やりたい気持ち」が抑えられます。

結果、じっくりとチャンスを待つことが、より容易になるのです。
このメリットは、著書に書き忘れたと思います。


あと、最近私が発明(笑)したのは、待つべきときにゲームをやる、という方法です。
何を言ってんだコイツは、と思われるでしょうが、冗談ではないです(笑)

私は元ゲームレビュワーで、雑誌のゲームレビューなどを執筆していた海外ゲーム専門ゲーマーだったんですが、ここ15年ほどは全くゲームをプレイしなくなりました。
が、最近、昔の懐かしいゲームがスマホ版で出ているので、ちょっとやってみたら十数年ぶりにゲームをプレイするようになった、っていうだけで、別にゲーム好きじゃないんですけどね、たまたま、今の興味がソレだというだけで、ふと「あ、コレ意外と有効だな」と気づいたという。

ゲームじゃなくて、漫画を読むでも映画を見るでも本を読むでも何でもいいんですが、要するに
相場の他に、自分の興味を強く惹くことを、意識的に、無理矢理にでもする
ということです。
つまり、そのことによって
相場への興味がいくぶんかそがれるので、無駄な参戦が抑えられ、待つことができやすい
ということですね。

ゲームは最近の発明(笑)ですが、昔の造形仕事関係で懇意にしていた編集さんから連絡があり、その関係でやるべき造形作業が最近多いのですが、昔から、回避したいときに造形に「逃げる」のは、いい手段になっていますね、私の場合。

私の経験上ですが、そういうときは「このところ膠着相場で相場に参加できないから、今のうちに相場の勉強でもしとこう」なんて思うのは、割と駄目なんです。
どっちも同じ相場がらみですから、ついつい、相場に意識が行っちゃうんで、あまり無駄な参戦の回避作業にはなりません。
なるべく、全く相場と無関係なことをする、遠いほど良い、と言えます。

あと、スポーツをしに行く、とか、外出するのは良さそうなんですが、実際にはイマドキはどこに居てもスマホひとつで手軽に相場が見られてしまいますので、「見てしまいたい」意識があれば、外だろうが家のPCの前だろうが構わず見てしまうので、外出自体はあまり有効な回避にはならないようです。

問題は、その「興味を惹くこと」が、ゲームのような、いわゆる「娯楽」であれば、当然真面目な人は「サボってる」といううしろめたさがつきまとうんですけれど、そこは、あくまでも、コレは相場を待つための作業だ、と自分で納得して、なんとか割り切ることが必要です。
たとえば楽器の練習だとか手芸の上達だとか、相場以外で勉強する本を読むとか、なんらかの建設的作業であれば、その割り切りも、もう少し簡単になると思います。

まあ、20年以上相場やってますけど、待つのは、本当に今でも難しいですねぇ




オーナー紹介 増田蔵人
フリーで造型、PC関係等の仕事を多岐に渡り担当、関連雑誌等のライター。本名で著書が十数冊ある。
投資歴は30年。近年ライターとしての仕事が激減したため、プロトレーダーとして生計をたてるに至る。
2015年、ライター生活の集大成、トレーダー啓蒙書『投資の聖杯 ~投資常識の嘘~ 本気で勝てるトレーダーになりたい人のためのバイブル』を電子書籍でリリース。
最新コメント
ツナギ売買の入門と実践 [増田蔵人 著]


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