先日、とあるトレード本(米国の本)を読んでいたら、仕掛け位置に対して、損切りを-1としたら、利益確定を2として注文を出す、という話があり、そこに「リスク・リワードレシオは1:2になる」と書いてありました。

リスク・リワードレシオというのは、要するにそのトレードに期待される、損と利益の比率です。

これに対して、翻訳者の人がまえがきに「仕掛け位置からの距離が違えば、そこに到達する確率は同じではないので、これを1:2と言うのはおかしい」と書き、ご丁寧にも「価格が上下に動く確率を半々(50%)とすれば、本当のレシオは」と計算までしていました。

私は、翻訳者というものは、著者の主張や思想、内容がどうであれ、それをできるだけ正確にそのまま翻訳するのが正しいと思っていますから、評論家ではなく、翻訳者が独自の判断で著者の主張を間違いと指摘するのは、そもそも、いかがなものか、と思うんですが
ま、それはともかく、この指摘を見ても、訳文を見ても、この翻訳者はトレードをしてないんだろうなぁ、と感じました。

確かに、この訳者の理屈は正しいのです。
理論的には正しいのですが
トレーダー的な理論では間違いなのです

なぜなら、そもそも、トレーダーというのは
己の能力によって、マーケットから稼ぐことができる
と信じている生き物だからです。
この最大の大前提を置いた上で、トレードを行うのですから、価格の動く方向性を見極められると信じているのです。
トレーダーが仕掛けるときは、当てずっぽうに、価格がどっちに行くかも分からずに仕掛けるなんてことはあり得ません。
価格が自分にとってプラスの方向に動く可能性が高いと見極めて仕掛ける、少なくとも、トレーダー自身はそう信じているからこそ仕掛けるのです。
トレードの本である以上、それは「自分の能力で価格の行方が見極められる(ある程度利益が上がる程度には)」と信じている前提から物事が始まるわけですから、価格が上下に行く可能性が50%だなんていう前提は全く無意味なわけです。
そんな前提を置く人間は、要するに「効率的市場仮説主義者」であって、自己裁量でトレードをするなんてことしません。
買仕掛けなら買仕掛けで、上がる可能性が高いと踏んだ上で仕掛けるわけですから、要は上がる可能性は50%ではなく70%や80%、90%だとトレーダーは思っているわけで、その場合のリスク・リワードレシオは、1:2どころか、確信の度合いによっては1:4にも1:5にもなるのです。

頭の硬い確率論者から「んなの無茶苦茶で非論理的じゃん」と言われても、そうなんですから仕方ありません。
最初から、トレーダーというのは、「マーケットから自己の能力でお金を稼ぐことが可能である」という決して証明できない前提が「正しい」と信じている上に存在している、偏った存在なのです。
純粋な論理性だけのリスク・リワードレシオを硬く信じる人間は、そもそもトレードをやりません。
なぜならそうした純粋に数学的に正しいだけの論理性を信じる人間は、価格の上下移動も必ず50%であると信じますし、それだとリスク・リワードレシオは、必ずコスト分マイナスになるので、絶対にトレードでは勝てないからです。
成り立ちからして数学的には証明不可能で非論理的な存在が「トレーダーというもの」なんですから、そこにある理屈が数学的に無茶苦茶だって仕方ない、というか、それでいいんです、そういうものです。

チャート分析なんか、結局は何の根拠もない主観的な思い込みで、魔術や幽霊を信じることと、そう変わりませんもの。

トレーダーの一部は、数字の理屈をこねくりまわすが好きですが、いくら彼らの言う理屈が正しく見えようとも、「トレーダーの能力によって、トレードで継続的に利益を上げ続けることが可能である」という根本を数学的に証明していなければ、その理論は単に、証明もされていない「トレーダーは必ず勝てる」という曖昧な確信を前提とし、その前提を証明するためだけに都合良く作り出された偏った理論に過ぎません。
極端に言えば、宇宙人存在派の人たちが、宇宙人が存在する証拠をいかにも論理的に、いくらでも挙げてくるのと同じです。
けれど、「トレーダー否定派」の人の本を読めば、全く同じように「数字をこねくりまわして、トレーダーが儲けられることを否定する理論がわんさか出てくる」のです。

あのマンデルブロでさえ、マーケットは解き明かせなかったのです。
当たり前の話なんですが、もしも「その手の数学的理屈をこねくりまわす投資本」が言うように、純粋な数学的理論だけで本当に確率的優位性が作り出せるのであれば、これだけ天才的な人材を集めてスーパーコンピューターを駆使している会社が、いまだに無限の利益を得ていないとは考えられません。
むろん、そうなれば、無限の利益を生み出されて、とっくに金融マーケットは崩壊しているはずです。
そこを考えれば、一見数学的に正しいような理屈をこねくりまわしていても、実は単に「トレーダーは稼げる派」に都合の良い偏った論理を振り回しているだけだと気づくでしょう。
トレードの本において、数字で理論武装している本があまり信用おけないのは、こういう理由です。