トレーダーズ・グレイル

トレードの世界を探求するプロトレーダー増田蔵人の気まぐれ更新ブログ 本当に勝てる投資家になるためのブログ

待つという技術2

相場では「待つ」ということが非常に難しい、それゆえに、「待つ」ということは高度な技術である、と述べていますけれど、本当に「待つ」というのは難しいと思います。

たとえばデイトレードであれば、毎日売買しないとお金にならないわけです。
当然、そこには「早くやりたい」という欲求と「やらないといけない」という強迫観念のようなものがあり、体がトレードをやろうとする動きを抑えられなくなったりします。
特に専業トレーダーであれば、やらないことには儲からない、儲からないと生活できないわけで、当然、やらないといけないという思いは強くなります。

ともすれば、いらない段階でうっかりと仕掛けてしまったりして、結局は損を増やす、そういうことを繰り返して、結局は損を増やすということを分かっているのに、またうっかりやってしまう
だいたい、こんな感じでしょう。

完全にバイアスを無くして冷静に相場を眺めていれば、長年相場を見ている人が(だいたいでよければ)天井や底を見極めるのは、実はそれほど難しくはありません。
でも、そこにひとたび、心理的バイアスが加わると、全くうまく判断ができなくなりますから、駄目なときに仕掛けてしまったりしがちです。

私は投資解説者は害毒そのものであると思っていますが、時に彼らの判断がよく当たることがあるのは、実に皮肉なことに「彼らが投資のプロではない」からなのです。
自分で投資して生活していないから、余計なバイアスが少なく、時には正しく物が見られるわけです。
ま、それでもそう当たりませんが(笑)


さて、デイトレードはタイミングが大事なんですが、そのタイミングを待つのが難しい。
そもそもデイトレは一日で完結という縛りがある以上、時間が過ぎるほど「終わり」が近づくわけで、まだ一回もトレードしてないと焦りも加わります。
デイトレードのやり方によっては、タイミングが来ず、何日もトレードしない場合もあり、それが正しいやり方なのですが、そういう風に待つのは、とても難しいですよね。


前に書いたように、だからそういうときに、ゲームでも娯楽でもなんでも、とにかく自分の興味をひくことで気をそらす、というのは、それなりに有効な手段だと思うのですが、これも書いたように、それが建設的なものでなければ、特に「サボっている」という感覚になりがちで、うしろめたさのようなものもつきまといます。

要は、トレードしていれば、こうした焦り、うしろめたさ、欲求のようなものは軽減されるわけですが、そういう意味でも、分割売買は有効な手段だと思うのです。


たとえばスイングトレードでずーっと買い場を待っているとして、何ヶ月も待ち続けていると、しんどくなってきますね。
ここはまだ底じゃないだろう、もうちょっと下がるだろう、と思う
あまり、仕掛けるべきところではないと、冷静な自分が脳内でささやいている(笑)
でも、「やりたい自分」の我慢が限界に達している。

こういうとき、おそらく損をすると頭では分かっていても、1単位だけ買って見るんです。
それで欲求も不安もある程度解消できるし、冷静さを取り戻すことが出来る。

もちろんずーっと何もしないでタイミングを待てるならそれに超したことはないんですが、それがきちんと出来る人間は、なかなかいません、それがトレードというものですので、多少の損は覚悟で買ってみる。

そこから、それほど下がらないようであれば、その1単位を元にして、分割で数を加えていくことで、将来的には本玉にすることもできます。
結果的に、最初の1単位が「ためし玉」「さぐり玉」的なことになるわけですが、この場合は、最初はそういう意図で建てているわけじゃなくて、あくまでも「やりたい欲求」解消のためですね。

あー・・・・いつも思うんですけど、トレードのこういう話「やりたいやりたい」「早くやりたい」「やりたいのが我慢できない」「欲求が」みたいなことを書いてると、何かエロい話を書いてるようで怪しい気分になりますな(笑)

むろん、損切りしなきゃいけない場合もあるでしょうが、そこはそれ、上記のような問題を理解した上で、いわば「治療薬」として建てた玉なので、必要経費の治療費として割り切るんですね。
まあ、その割り切りがまた難しい、という問題があって、キリがないんですけどね(笑)






自己実現

先日、ラジオnikkeiのとある番組を聴いていたら、何かの雑誌の編集長だかデスクだかが、書籍を紹介するコーナーで、その内容に関して「自己実現」という話をしていたんですね。

その本や内容のことはどうでもいいのですが、その人が、こういうことを言ってたんです。
”投機は違う”けれど、投資は自己実現の手段である

ここで「投機」と「投資」が同義か、それとも別物か、という議論は避けますが、少なくともこの人は違う意味で言ってます。

この人が「投機」というのは、要するに即物的で単なる金儲け的な意味合いのことです。
「投機は違う」というのは、単なる欲望による金儲けだから、「自己を高めるものではない」ということを言っていたわけです。
それに対して「投資」は企業の財務を調べたり、色々な物事を調べ勉強するから、「自分を高めるのに役立つ」ということを言っているわけです。

早い話が「投資」が上で「投機」が下ということです。
こういう「投機は金儲け主義だから駄目」「投資は企業や財務や社会のことなんかを学ぶからエライ」的な認識というのは、自分で投資で稼いでいない頭でっかちのインテリに典型的な物言いなんですけれど、私に言わせれば、何おためごかし言ってんだ、って感じです。

投資だなんだかんだ言ったところで、オマエラの目的だって金儲けだろ? って。

投資してる人の本心だって、ほとんど全員が「金儲けしたい」で、もしも一攫千金で1億儲かるなら、手段なんか投機でもなんでもいい、というのが、ほぼ全員の本心でしょう。
別に企業や社会や金融のことを学ぶ目的で投資やってるわけじゃないですよね。
「投資はエライ」とかなんとか言ったって、楽して儲かる手段があったら、誰もそんなもん勉強しませんよね?

要は、投資は「楽して金儲ける」ことだという誤った認識があるから「うしろめたい」んですよ、その「うしろめたさ」を誤魔化すために、「投資は経済や社会や企業や金融を勉強するからエライ」みたいな論理を彼らは作り上げるわけです。


ま、そこのとこに怒ったんじゃなく、「投機は自己実現ではない」という物言いに怒ったんですが、正直、久々に投資ラジオで、ものすごくムカつきました。
ふざけんなボケ、と。

この人の言い分とは全く正反対に、著書に書きましたけれど、欧米のトップトレーダーというのは、インタビュー記事でしばしば、トレードをする最大の動機として
自己実現
を上げているんですよ?
彼らのやっていることは、この人の言うところの「投機」です。

要するに、私は努力すればこれだけのことが出来る、自分はやれば出来る人間なのだ、なんだって可能なのだ、などということを、世の中と、特になによりも、己自身に対して証明したいという強い欲求が、トレードを必死で頑張る原動力になっている
というわけです。

この人が分かっていないのは、この人が言う「投機」で儲けられるようになるためには、それはもう、血のにじむような努力が必要で、必死の努力で練習を積み重ねて技術を高めていくことが必要だ、ということで、それは技術的な物事であるから、単なる知識学習であるファンダメンタルズ学習よりもずっとハードルが高い、ということです。

そもそも、目的が「金儲け」である以上、学習量や学習過程に「自己実現感」を感じていたらおかしいわけで、投資成績が「稼げていて」はじめて、自己実現感を感じるわけですよね?
言い換えれば、手段が投資であれ投機であれ、努力の結果が稼げているなら、自己実現感を感じるわけで、投資はよくて投機はよくない、なんてのは支離滅裂です。

もしも、知識や情報を大量に得ることでカシコクなった気分、自分が高みに上った気分で満足しているならば、それは本来の「手段」だったものが「目的」にすり替わっているわけで、そういうのは「自己実現」ではありません、
そういうのは
「自己満足」
というんです。

スポーツであれ楽器であれ料理であれ造形であれなんであれ、努力によって技能を高める作業を繰り返した後に、あるレベルに到達したときの感動というのは、世の中で
最も自己実現感を満たしてくれる物事
のひとつです。

すなわち「投機」は、ある種の人々にとっては、自己実現のための非常に有効な手段のひとつなのです。

そんなことも分かってない人がデスクだか編集長だかをやってる雑誌は、ちょっとろくなもんじゃなさそうだな、と感じました。





気持ち悪い日々2

前回、最近の相場は気持ち悪い、と書きましたけれど、あくまでも「感覚的」なものですので、その根拠というか、理由を説明するのは困難です。

ですが、あえて、あくまでも「あえて無理に」説明するとすれば、というレベルの話ですけれど、ひとつに、最近の相場解説が上げられます。

私の個人的な視聴の範疇なんですが、ネットでの相場解説ビデオであるとか、ラジオ番組であるとか、そういうものに、いわゆる無責任なアナリストだとかなんとか、要するに相場を解説する人たちがたくさん出ているわけです。
どだい、彼らの言うことは、いつも無責任で適当なんですが、そういう彼らでさえ、少し前までは「いくらなんでも最近の相場は行きすぎだ」とか「上がる理由が分からない」とか「あれやこれやの数字がこうなってくると、過去の事例から言えば暴落が近い前兆で、かなり怖い」みたいなことを、かなり言ってたんですね。

基本、彼らは「楽観論でメシを食っている生き物」ですので、経験的に言えば、ああいう人たちが、こういうことを言い出すのは、かなり「末期」なんですけど、その彼らが、今度は、そういうことを次第に言わなくなってきた。
なんで言わなくなってきたかっていうと、なかなか、いつまで経っても暴落しないからですよね。

けど、経験から言うと、彼ら無責任な相場解説者が、がこういう風に手のひらを返したときっていうのは、本当に「末期の末期」なんです。
その「悲観論→楽観論」の手のひら返しが、2、3回続く場合もまれにありますし、アベノミクスの長期連続暴騰相場なんかはそんな感じでしたけれど、とにかく、かなり終末期に近づいているのは確かだと感じます。

著書にも書いたように、相場解説がこぞって楽観論を言い出したり、一般雑誌などまでが投資を勧めるようになったら、それは相場の上昇も末期で、暴落の前兆と言われていますが、ま、そんな感じで、相場においては、信用できる指標なんてものは、ほとんど存在しないんですが、あえて割と信頼できるのが「解説者の傾向」だと思います(笑)
著書に書いたように、アナリストの予測を集めた指標というのが米国には存在するのですが、どんな指標もほとんど当てにならない中で、唯一、これが見事なほど当たっているのですよね。
むろん、アナリストが上昇を示唆したら売れ、みたいな逆張り指標としての意味ですけれどね(笑)




オーナー紹介 増田蔵人
フリーで造型、PC関係等の仕事を多岐に渡り担当、関連雑誌等のライター。本名で著書が十数冊ある。
投資歴は30年。近年ライターとしての仕事が激減したため、プロトレーダーとして生計をたてるに至る。
2015年、ライター生活の集大成、トレーダー啓蒙書『投資の聖杯 ~投資常識の嘘~ 本気で勝てるトレーダーになりたい人のためのバイブル』を電子書籍でリリース。
最新コメント
ツナギ売買の入門と実践 [増田蔵人 著]


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